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2025年1月19日日曜日

カッコいい車が欲しい

【質問】20代・男性 ペンネーム:ハイロ
私事ながらシンヤさんの発信やnote等を参考に、人への許しや小さな人助けを最近実践し始めて心に愛が育まれているのを実感しており、ありがたき所存です。

今回ご質問させていただきたいこととして、物を得るためにお金を稼ぐのはやはりダメなことなのかということについて伺いたいです。

私は車が好きで、今とても欲しい車があり(めちゃくちゃ高級車というわけではないです)それを手に入れるためにお金を貯めています。また、自然風景や景色を見るのも好きなのでその車を買った暁にはその車で色んなところへ行きたいなと考えています。当たり前ですが、車は買うにも維持していくのにもお金がかかるので、その分お金を稼ぐ必要が出てきます。

お金、ひいては資本主義というのは人の欲望を焚きつけて執着を強め、争いや奪い合いを引き起こす仕組みだと存じています。資本主義の中でお金や権威に執着して、他者を踏みつけにすることが正当化されている現状の社会にも嫌悪感があります。なので、幸福に生き、ためにはお金や権威、物への執着を手放し人を愛し救っていくべきだと感じています。しかし、上記のように私はまだまだエゴが強く欲しい物もあり、他者貢献要素ゼロのやりたいこともあります。

引き続き、このまま自分の欲しい物とやりたいことのためにお金を稼ぐという手段を取るべきか、生活に必要な物以外の物への一切の執着を捨てて自分と人を愛するために生きるかどうするべきでしょうか?物を欲しがるのはダメなんですかね?正直、情けない話ですがエゴのために生きていてカルマを積んで何かを誘発してしまうのではないかという不安を感じている部分もあります。しかし自分としては欲しいし、やりたいというジレンマがあります。一応物に対しても愛情は意識して大事に扱うようには心がけています。ご回答いただけると幸いです。よろしくお願い致します。

【回答】
ご質問ありがとうございます。

ご自分の好きなように生きれば良いと思うんですけど(苦笑)。買いたい車があって買えるのならば買えば良いかと思いますし、金を稼ぐために生きて幸せなのならそうすれば良いかと思います(幸せではないからご相談されているんだと思いますが)。

あなたはまだ実年齢的にも魂的にも若いのであり、僕もあなたの年代の頃は思いっきりエゴに埋没しながら生きていました。悟りを焦る必要はありません。

僕らは経験するために生まれてきたのであり、答え(真理)に価値があるのではなく、過程(経験)が答え(真理)を価値ならしめるのです。だから経験する前に答え(真理)を頭だけで理解しようとして、それを自分に無理やり押し付けないで下さいね。

悟り(真理)というのは自分もみんなも幸せにするものです。だから悟りの道というのは幸せになる道であり、焦ったり、心から納得できていないことを無理やり自分に強いたりしたら、ただ苦しいだけで全然楽しくない(幸せじゃない)でしょう。

僕は「自分もみんなも幸せにする真理」を伝えているのであって、「本当に欲しいもの・本当にやりたいことのためにお金を稼ぐのはダメ」とか「生活に必要な物以外の物への一切の執着を捨てて自分と人を愛するために生きるべき」などということは全然言っていません。そのように誤解されるのは、僕が伝えようとしている真理を、あなたの勝手な思い込みで歪めて捉えているからだと思います。もしあなたの今の考え方・行動によってあなた自身もみんなも幸せにならないのなら、それはどこか悟り(真理)からズレているということなのです。

お金の時代の終らせ方に書いた通り、僕は魂の成長を促しているのであって、いきなり資本主義と正面から戦うような無茶は言っていません。ここに書かれている「新六波羅蜜」をどうか日々実践してみて下さい。いきなり完璧になんてできるわけないですし、もちろん僕も完璧にはできていません。他人と比べることなく、本当に少しずつでも自分の成長を楽しめれば良いのです。


決してエゴの存在そのものが悪いのではなく、それを暴走させて愛を失うのは良くない(自分もみんなも不幸にする)ということなのです。資本主義の悪い部分は、究極は「エゴを暴走させて愛を失わせる」という点にあるのです。僕はエゴをなくすべきだと言っているのではなく、「エゴよりも愛を優先しようと努力し続ける過程が悟りの道である」とお伝えしているんですね。それはエゴ(欲)とは何か?に書いた通りです。自分を「エゴに埋没した人間だ」などとイジメて自尊心を下げないで下さいね。


人生を「エゴのために生きるか・愛のために生きるか」の二者択一しかないかのように考えるのは極端であり、それによって「やっぱりエゴを捨てるのは無理だ」「愛でメシは食えない」「将来が不安だ」「他人から見下されたくない」などと考えて、エゴ(我欲・保身・虚栄)に埋没する短絡的な人ばかりだから今の世の中は荒んでいるのでしょう(そういう舞台設定のRPGです)。

僕はいつもこの世界をディズニーランドに例えるのですが、ディズニーランド(世界)はあくまでも「楽しませたい」という「愛」によって創られているのであり、訪れる我々も楽しむために来ているのです。それなのにディズニーランドの創始者(創造主)や経営者(神仏)が、訪れている子供(我々人間)たちに向かって「エゴを捨てろ・モノを欲しがるな」「これはみんな金稼ぎのためのくだらない虚構だ」「資本主義は悪魔だ」「欲しがることでカルマを積むな」とか言うわけないんですね(笑)


子供のうちは思う存分楽しませてもらって、いつか子供たちみんなを楽しませられる(幸せにできる)ような「魂の大人」に成長していけば良いだけなのです。

あなたの魂はまだ若く、お客さん(NPC)側として楽しみたい段階にあって、人を楽しませる側・救う側(主人公・魂の大人)になることを心がまだ拒否しているのでしょう。それは決して悪いことではなく、悟りには人それぞれシナリオがありプロセスというものがあるのです。

例えば、親が幼児に「物欲を捨てて愛に生きろ」などといって何も買い与えずに禁欲を強いるようでは子供の心(愛)が育まれないでしょうし、そんな親ではどうしようもないでしょう。それと同じことです。自分の心(愛)を我が子のように育ててみて下さいね。自分が本当に心の底から欲しいものなら自分にプレゼントして喜ばせてあげればよいかと思います。


「悟りとは何か?」に書いた通り、悟りというのは人それぞれシナリオ・過程があって、競争じゃないんですね。悟りの進捗を他人と比べて自尊心を下げる必要はないのです。僕らは成長経験・過程を楽しむために生まれてきたのです。


そして成長というのは自分の自由意思による自発的なものでなければ価値がありません。他人から何かを強制されることで成長してもその成長には価値がないのです。実際、創造主は魂の成長を「自発的に」楽しませるためにこの世の仕組みを創っているだけであって、成長を強制しているわけではないのです。

だからどうか人生を好きなように楽しんで下さい。ただ、それを与えてくれている創造主への感謝の気持ちだけは忘れないで下さい。そして少しずつでも創造主の分身である神仏のため・衆生のため・世の中のために「楽しませる側・救う側」として恩返しできる人間を目指して下さい。

質問文の冒頭から感じられますが、あなたはきっと己の愛を育み、以前よりずっと成長して幸せに導かれているのだと思います。それでもあなたはもっと自分自身と深く向き合う必要があるのではないかと僕は思うのです。

あなたはなぜそんなにもその車が欲しいのでしょうか?車は確かにあると便利ですし、今の時代では(場所によっては)ほぼ必需品であり、欲しいと思うことは自然なことです。しかし便利さをメインに求めているのであれば、値段が手ごろで乗り心地が良く燃費が良い車を選ぶはずです。

それなのにあなたが「収入に相応しくない値段のカッコいい車」を欲しがるのはなぜでしょうか?それはその車によって自分を大きくカッコよく見せて、周囲から評価され女性にもモテたりすることで自尊心を得ようとする「見栄」があり、そこに執着しているためではないでしょうか?どうしたらモテますか?に書いた通り、根本的な問題は他者評価依存なのではないかと思います。


乗っている車がカッコいいからってモテない人がモテるようにはなりませんし、もし仮に車次第でついてくるような女性がいたら、それはオプションのみで人を判断するような軽薄でロクなオンナじゃないわけで、心から愛し合えるわけもなく、将来裏切られるのは自明だと思います。そんな女性たちからのうわべだけのチヤホヤで自尊心を満たそうなどと考えるのは愚かだとは思いませんか?

あなたは車が欲しいということだけしか書いておらず、あなたの「本当にやりたいこと」が何なのかは全く書いていません。恐らくまだ具体的には何もないのでしょう。そして今の仕事もやりたいことではないのでしょう。だからそもそもの問題は物欲自体ではなく、嫌な仕事の我慢代で稼いでいることにあり、「人(社会)の役に立っている」という実感がなくやりがいがないために、働く理由(動機)付けとして「他人から羨ましがられるような何か」を得られないと気が済まないということかと思います。

いくら収入が高くてもやりがいがなくて仕事が自尊心を下げる原因となっているのでは、稼いだお金で何を得ようと幸せになれるわけがありません。収入の高低(損得勘定)は無視して、人(社会)に貢献できる、やりがいのある仕事を選んで下さいね。やりたいことを仕事をすれば、やりたいことのために嫌な仕事でお金を稼ぐ必要はなくなります。本当に純粋に車が好きだとおっしゃるのであれば、車関係の仕事などいくらでもあるでしょう。

あなたからの先の質問罪悪感との向き合い方に書きましたが、あなたの最大の課題は「自尊心の低さ」であり「自尊心を回復する手段の歪み」だと思います。それゆえにまだエゴ・プライド(自己防衛)の殻が破れず、他人に対して優位を示そうとしてしまい、他人を思いやれる余裕があまりないのでしょう。それはあなただけでなく、今の世の中「そんな人ばかり」とも言える状況なので、それを理由に自尊心を下げる必要は決してありません。それはあなたに与えられている成長課題なのであり、自分が自発的に成長し続け、それを楽しめれば良いだけなのです。

繰り返しますが、人生は「経験して知ること」に価値があるので、どうしても欲しいのであれば、実際に買ってみればよいかと思います。そうすることであなたが本当に嬉しくなれるのか、苦労の割には自尊心が満たされず虚しくなるのかはわかりませんが、どちらにしてもあなた自身が経験して知りたかったことなのです。何事も本当に欲しいもの・やりたいことなのなら、実現してみて実感を伴って己の魂に悟らせるのが良いかと思います。


どうか誰でも自信満々になれる方法を日々実践してみて下さいね。その実践の中で本物の自尊心を手に入れ、「自尊心というものは、天の愛に感謝して感謝報恩に生き、自他に対して愛を発揮していくことによってしか満たされない・幸せにはなれない」ということを実感を伴って悟って幸せになっていただけるよう、心からお祈りしています。


2024年8月30日金曜日

(再々質問)家族の統合失調症

【質問】20代男性 ペンネーム:まほ

元質問はこちら
https://salvadorshinya.blogspot.com/2024/08/blog-post.html
https://salvadorshinya.blogspot.com/2024/08/blog-post_1.html

こんにちは。私もお金のない時代が来ればいいなと思っています。理由としてはバイトや就職の面接に全部落ちてしまったことです。睡眠時間も毎日長く、朝寝て夜起きるような昼夜逆転した生活を送ってしまいます。せっかく大学を出たにも関わらず、家に引きこもってパソコンをする時間が長いです。在宅で稼げる能力も何もありませんが、とりあえず本を読んだりして色々勉強してはいます。

お金のない時代が今後20年以内に来ると確定するために人の価値観を変えていきたいのですが、誰もそんな未来を信じてくれませんし、神仏を信じてもらうのも難しいです。

薬を使わずに精神病を治すには、他人が喜ぶことをする、許す、マッサージする、頼まれたことをする、一緒に行動する、マントラを聞かせる以外あるのでしょうか?

※質問文は読みやすくするためにこちらでかなり修正しています。

【回答】
あなたは精神科に通院歴があるわけですから、ご自身が精神病であること自体は自覚されているのですよね?病気の程度にもよりますけども、例えどんな学歴でどんな能力があっても、精神を病んでいたら仕事の面接で落ちるのはごく当たり前のことです。世の中に大卒なんて腐るほどいますし、業務への多大な支障が目に見えていますから、雇用前から精神を病んでいる人をわざわざ雇う理由がありません。世の殆どの仕事は、勉強ができるかどうかなどより、まともに話が通じてちゃんと働いてくれるかどうかの方がずっと大事なのです。あなたはあくまで病気のせいで面接に落ちているのであって、落ち込む必要はないですから、今はとにかく無理をしないことです。

あなたの質問文は今回もこちらでかなり修正させていただいていますが、毎回文章としておかしなところがいくつもあり、大変失礼ながらとても大卒の方の文章とは思えず、あなたの現在の状態はかなり悪いと思われます。だからあなたの姉のことは一旦お医者さんに任せて、あなたも精神科に行って診断書を書いて貰って、とりあえず生活保護を受けた方が良いかと思います。母子家庭で成人している子供が二人とも病んでいたらお母さんの負担も大変でしょうし、お母さんまで病んでしまいかねません(既に病んでいるかも知れません)。そうなったらあなたはヒキニートどころではなくなり、一家共々、より破滅的な状況に陥ってしまうでしょう。

そしてあなたは少し病気が良くなったら何かボランティアでもして、人に無償で奉仕し、人に喜ばれる経験を積んで下さい。利益を上げなければならない仕事では、どうしても上司・同僚とお客さんの双方からキツく当たられることが多くなり、元々ミスが多くてしかも精神が病んでいる状態では厳しいでしょうから、避けるべきです。

あなたは今までの僕からの回答に対して、その内容をほぼスルーして再質問をされているので、僕が今のあなたに何かを言っても正直全く伝わりそうな手ごたえがありません。再質問の前には必ず「前回の回答の感想」と「どう実践につなげているか」を教えて下さい。厳しいようですが、もしあなたが僕の話を聞いて受け入れる気も実践する気もないのなら、再質問にお答えする意味がありません。あなたのご相談の内容も、どこまでを事実として言葉通りに受け取っていいのかわからなくなっています。

>>お金のない時代が今後20年後に来ると確定するために人の価値観を変えていきたいのですが、誰もそんな未来を信じてくれませんし、神仏を信じてもらうのも難しいです。

僕も鬱の頃も睡眠障害があってまともに働けなかったので、あなたのお気持ちはよくよくわかるのですが、人の価値観を変えるというのは、まず自分の価値観が変わっているのが大前提であり、あなたはまだ霊障に犯されてエゴに埋没している状態なのですから、他人に新しい価値観を背中で語れるような状態にはないと思います。悪いのは霊障であってあなたではないので落ち込まなくて良いですから、自分の自尊心を守るというエゴのために、自分でもできてないことを他人を指導しようなんて考えないで下さい。それは傲慢であり、絶対反発を受けてうまく行かずにあなたが余計に落ち込むようになるのが目に見えています。

そもそも僕が言っている「お金の要らない時代」というのは、人と人とが無償で助け合って愛し合う時代のことです。その実現のために僕は全財産を放棄して修行生活に入ったのであり、お金を目的に働かず、愛によって人のために無償で尽くしているのです。この質問箱もnoteもその一環であり、愛によって完全無償でやっています。

僕は今のあなたのように単に「働きたくない(働けない)」というエゴを動機としてお金のない時代を目指しているのではありません。そのようにエゴが動機なのでは、人と人とが無償で助け合う愛を連鎖させる運動がうまくいくわけありません。ただでさえ資本主義・物質主義(無神論)に支配された今の世の中では受け入れられるのが難しい価値観なのに、まして今あなたは誰が見ても病んでいるとわかるような状態なのですから、誰からも聞く耳を持たれないのは当たり前のことです。余計に精神がおかしくなっていると思われるだけなので、今やるべきことではありません。それはあなたが愛(感謝・信心)に目覚めて病気をのりこえてからやるべきことであり、まだ先の話です。

そんなことよりもあなたはまずは日々霊障(エゴの穢れ)を清めて行くべきかと思います。それは前回の回答にも書いていますが、とりあえず世界救世教か真光か靈氣で手かざし浄霊を受けてみて下さい。入信する必要はありません。最初は効果が感じられなくても、暫く通って見て下さい。できるだけ毎日。あなたは精神病によって自己成長しようという気力さえない状態にあるのですから、まずはその状態から脱する必要があると思います。

あなたは神仏を信じ、他の人にも信心を勧めているようにおっしゃっていますが、あなたが具体的にどのような神仏をどのように信じ、どのように奉仕・修行しているか全く書いていないので、こちらからはあなたの信心のほどが全くわからず、どうしても口先だけの信心のように感じてしまいます。それというのは単に何かの本やネットでかじった程度の知識なのではないでしょうか?もし本当に心からの信心があって愛と感謝に生き、日々それを形に表している人が、何の加護も導きも受けれないということはありえないと思います。まず自分自身に心からの信心がないのに、他人に神仏を信じてもらおうなどと考えること自体がナンセンスです。

もしあなたが本当に神仏を心から信じる気があるのなら、どこかのお寺にでも頼んで修行生活に入らせてもらうのも良いかと思います。その不規則な生活も否応なく改善されるでしょう。あなたやご家族の霊的な問題も解決に導かれるかも知れません。

病んでいる今のあなたに自力での修業はおすすめできませんが、少し病状が落ち着いたら、とりあえず六波羅蜜を実践してみて下さい。そしてお金の時代の終わらせ方に書いたように、僕の提案の新六波羅蜜を実践してみて下さい。否応なく愛に目覚めると思うので。

>>薬を使わずに精神病を治すには、他人が喜ぶことをする、許す、頼まれたことをする、一緒に行動する、マッサージする、マントラを聞かせる以外あるのでしょうか?

僕は「薬を使わずに精神病を治す方法」としてそのように提案をした覚えがありません。そのうちのいくつかは僕が「人との接し方のヒントにして下さい」という意味で言ったのです。そしてマッサージとかマントラとかに至ってはあなたに言った覚えがないです。

あなたは現在ご病気なのですから仕方がないとは思いますが、あなたの僕の話に対する理解の仕方が非常に短絡的であり、まるで「薬を使わずに精神病を治す方法」であると僕が言ったような前提で話をされるのは、こちらすれば不本意です。そしてあなたが僕の提案したことを何も実践せずにただサラッと箇条書きにして流し、その効果も全くわからないうちからその他の方法を聞くのは失礼だと思います。何より「心から感謝し、それを形にする(=愛)」という肝心の部分が抜けていては何をやろうと話になりません。あなたの行動にはその動機に愛が感じられず、単にあなたがヒキニートを続けるために、姉がまともに戻らないと困るという動機のようにしか感じられません。

それと「頼まれたことをする」「一緒に行動する」「マッサージする」「マントラを聞かせる」などというのは誰に対してですか?あなたはまだ自分のカルマと立ち向かおうとせず、そこから目を逸らそうと姉の病気の方を直接どうこうしようと考えているのでしょうか?

あなたの姉は明らかに重度の統合失調症であり、今病んでいるあなたの手に負える状態ではないのです。そしてあなたの母にも手に負えないのは明らかです。姉のことはどうかまずお医者さんに任せて、その指示を仰いで下さい。何度僕が言ってもあなたの認識は甘いようですが、これは姉の一生に関わる重大な問題であり、母やあなたや他の人が深刻な被害を受けないとも限りません。事態は緊急を要するのです。手遅れになる前に専門医を頼って下さい。

泳ぎ方がわからず溺れている人は、今溺れている人を助けられません。そのような無理な努力をして共倒れになってはいけません。姉のことはひとまず専門家に相談して、あなたは少しずつでもこの世界の泳ぎ方を実践から覚えていくべきです。

繰り返しますが、あくまであなたの人生の主人公はあなたであり、あなた自身が変わらない限り何も変わりませんし、逆にあなたが自分のカルマに立ち向かって乗り越えて行けば、周囲の人たちのカルマも自然と解消されていくのです。あなたがそこから逃げては話にならないのです。

どうしても伝わらないようなので今回は大分言い方が厳しくなってしまいましたが、ここまで無償で時間を割いて真剣にお応えしているのですから、どうか無駄にせずにちゃんと受け止めて下さいね。

2024年2月24日土曜日

スピリチュアル・ビジネスについて


【質問】年齢不詳・女性・霊能者
初めまして。霊能者で術師の者です🙏しんやさんのノート全て読ませて頂きました🙏私がアセンデッドマスターに教えてもらった内容とほとんど一致していて、本当にびっくりというより、私が言語化できなかった事を全て言語化できる能力に感服しました🙏

私は仏教徒でもなければ、神道にも通じてる者(行者さんや拝み屋さん、阿闍梨等)でもない…普通の人間です💦しいて言うなら、先祖代々信仰している民間宗教があるくらい…です💦私は最近、その宗教から距離を置いています💦

自分自身の霊能力を信じており、その霊能力で真理に辿り着きたい…と思ってます🙏そんな状況の中で、霊能力者や魔術師、錬金術師で言われている等価交換の法則に対する疑問が生まれています💦私のアセンデッドマスターからは、物質界と精神世界の逆転が始まっている…との情報も入ってきていて、しんやさんのノートと内容がドンピシャ😳

特にお金に対する価値が揺るぐ事になる事態が起こることのイメージが強く入ってきていて、私に今…何ができる?私の使命とは?を最近ずっと模索してます💦

私の話も多分…気違いや精神病者の戯言だと捉えられるかも知れないですが…→精神疾患は患ってないです(既往歴、現病歴なし)スピリチュアルすぎる…というか、霊能力を勘違いだと思われる方もいらっしゃっるので、私の話しの内容もしんやさんにそう捉えられるかも知れないのですが…。

私は肉体と霊体を分離させることができ、肉体は地球(物質界)で活動していて霊体は精神世界で活動しています🙏精神世界から地球(物質界)に変化をもたらすためにはどうしたら良いのでしょうか…?霊力を物質界のエネルギーに変換できないか?など。錬金術の考え方や魔術などで再現しようと。

精神世界では試行錯誤ができても、物質界のエネルギー(お金など)を精神世界のエネルギー(霊力など見えないエネルギー)に変えることは現実問題として…かなり難しいな…と感じています💦

物質界のエネルギーが唯一…精神世界のエネルギーに変わるとしたら、感謝の気持ちをたくさんの人に伝えることや神様に祈りを捧げること(願いが叶いますように…とか、世界が平和になりますように…とかの願い事をするのではなく神と繋がるという意味の祈り)。ポジティブな言葉を使うこと。落ちているゴミを人知れず拾ったり、公共の場にあるトイレや洗面台などを可能な範囲で掃除したりすること。

日常でできる事プラスとして、私は占いもしているので、無料で人の相談にたまに乗ったりする企画をしたりしています🙏でもこれだけでは実際、足りない…

本当なら出家して仏に身を捧げた方がいいんだろうな…と思うこともありますが、私には家族もいるので、俗世を捨てる事はできないので、在家でもできる事はありますか🙏?

我が家には神棚があるのと、私には水子がいるので毎日、ご神仏にはご参拝しています🙏

私は霊能者でもあり、術師でもあり、占い師です。最近のスピリチュアル界隈、占い界隈では高額なものほど価値があるとされる傾向が強く、占いで月収◯千万円達成しました💰✨や、占いや開運講座などで稼がせる人を作ります💰みたいな事を言っている人が増えてきています。

また、そういう事を言っている人達は最初こそ無料占いなどで人を助けているつもりになっている→無料占いする変わりに参加条件として無料占いの企画のリツイート、主催者のフォロー、参加表明をさせるという3つの条件を提示して、フォローワー(顧客)集めをしている実態があります。

スピリチュアル界隈だとこれが無料占いではなく、無料の縁結びヒーリング(本当に効果あるのかは不明)→主催者のフォロー&企画のリツイートと、受け取ります🙏でヒーリングの効果が発揮されると謳われている事が多いです。

ここで仮説として
①本当に等価交換の法則があるなら、無料のヒーリングに同じ条件で参加した人、全てに同等のヒーリング効果ないし、変化が起きないと、ヒーリングがウソ→等価交換として成立しないのではないか?

②等価交換の法則がないと本当にヒーリングや魔術の効果が出ない…というなら、無料でヒーリングや魔術などを使えること事態が禁忌などとして情報が広まってないとおかしいのではないか?

➂私はたまに、無料のヒーリング画像を作って配布しているのですが、(これは愛を表現するための方法の1つとして等価交換ガン無視でよくある、フォロー&リツイートみたいな条件を外し、受け取りたい方だけご自由にどうぞという形で企画をしています)受け取った方から良いことがあったや、上司からアイスを奢ってもらった…や、ちょっとしたクジに当たったなど、報告を頂くこともあり、等価交換の法則が必ずしもお金の金額=ヒーリングや魔術の効果ではなく、愛情の深さ=ヒーリングや魔術の効果なのではないか…?

という3つの疑問と仮説が浮かんできました🙏

最近のスピリチュアル界隈や占い界隈では高額な占い、ヒーリング(特に縁結び系や引き寄せ系のもの)が蔓延っているようで、私も縁結び系のヒーリングを扱っている方のメニューを見たときに、1ヶ月30万円〜や呪術師さん(呪い代行)のメニューをみても1回10万円〜など、高額なものほど、成果報告のツイートみると望んでいた結果が出やすいのかな…とは思いました💦

ただ、私の相談者さんも縁結びや占いのために累計で100万円以上使った…と聞いたこともありかなり経済的にはキツかったと話されていました😥💦

私は有料で縁結び系の魔術を使います。少額の最低料金を設定した上で、相談内容の難易度によって金額が変動します。相談者さんのお財布事情と相談して必ず経済的な負担などのしわ寄せが来ないように配慮しています🙏(効果を保証するために必ず週に1回✕5クールでやっていて、縁結びの魔術が終わるまでに約1ヶ月程度かけています)このスピリチュアル界隈のヒーリングや魔術などと、神社仏閣で行っているご祈願やご祈祷と同一視をしていいのか…😥?

神社仏閣に対して不敬な気がして比較対象にすべきではないと思うのですが、しんやさんの視点からお考えを聞かせて頂きたくご質問させていただきました。

【回答】
noteを熱心に読んで下さり、DMまで下さってありがとうございます。読んでいただけたのであれば、僕があなたの話をスピリチュアル過ぎるだの精神障害だなどと思うわけがないことはわかっていただけているかと思います。僕にはあなたのおっしゃっていることも、そのお気持ちもすごくよくわかります。

回答が順不同になりますが、とうぞご容赦下さい。

本来的に言えば、スピリチュアルとビジネスという言葉自体が矛盾を孕んでいるいると言いますか、僕はスピリチュアルの知識や能力をどうマネタイズするかという話自体に違和感・嫌悪感を感じてしまうのですね。

もちろん今の社会では、お金無しに生きて行くことは不可能ですし、僕も基本的に他人様からの寄付で生活している身であり、それは何かの対価ではなく無償の寄付なのですが、僕に「救われました」と言って寄付して下さる方も多く、見方によっては僕のスピリチュアルの知識や能力をマネタイズしていると言えなくもないので、「スピリチュアルをビジネスにしている」というだけで誰かを居丈高に批判するつもりは毛頭ありません(ハゲなだけに)。

ただ本当にスピリチュアルな人間だったら、この物質世界でのお金や権力や名声に執着して、お金と人気を稼ぐのに必死だったり、他人を支配してうまく自己利益のために利用するなんてことはあり得ないと思うんですね。天使(愛)と悪魔(エゴ)の二極的に言えば、明らかに彼らは悪魔側の人たちだと思います。そういう人たちはだいたいすぐ偉そうにしてきたり威圧してきたりキレてきたりするのですが、愛に溢れた天使がそういう態度なのはあり得ないので、すぐ悪魔側の人間だとわかります。

もし何かスピリチュアルなことが自分のやりたいこと・使命だと確信していて、しかもそれで生活せざるを得ない、ということであれば、生活はミニマムにして、それ以上の収益は社会に還元するのが良いと思います。そうでなくては確実にカルマを積んで不幸に導かれるのが必然ですので。

アマゾンでも「家族を失うからシャーマンはやるべきではない」ということがよく言われていて、実際シャーマンは本人よりも先に家族に不幸があることが多く、じわじわと苦しめられて自ら覚らされるようになっている感じがします。きっとお金に執着しないでひたすら神に尽くし人に尽くすようなシャーマンだったらそうはならないと思うのですけどね。

あなたは既にスピリチュアルな知識・能力を生かして無償でも奉仕されているようですが、もしあなたがご結婚されて旦那様の稼ぎで生活に困っていないようでしたら、他のスピリチュアルな活動でも採算度外視で人に尽くし、利益はできるだけ人を喜ばせるために使って社会に還元した方が良いのではないかと僕は思います。例え無償で仕事をしていても、他の仕事のお金儲けに繋げてしまったら、それは無償奉仕ではなくお金儲けのための撒き餌ってことになってしまいます。それはスピリチュアル的には大損です。

最低料金を決めておきつつ、相手の経済状況によって応相談、というのは良い方針かと思います(最低料金の金額と実際にかかっている経費の関係にも依りますが)。

ちなみに僕はスピ系の仕事は基本的に無料奉仕であり、自発的に寄付したいという方にはその額をご本人に決めていただいています。それが例えいくらでもそれは神が決めた事ですから、僕はいつも心から感謝しています。そして元々ご奉仕のつもりですからお金やモノが何も得られなくても「損をした」などと感じることはありません。し、結局他の方からいただいているので、生活に困る事もありません。これなら相手から不満が出たりしてお互いに波動を下げ合うようになるケースもまず生じません。相手が自発的に感謝を込めて払ってくれたお金と、嫌々払うお金・騙し取ったお金では、物質世界では全く同じお金に見えても精神エネルギー的には全く別物であり、価値が違うものなのです。

すべての存在は一つ(ワンネス)であり、それが真理です。我々(全ての存在)はみんな創造主の分身であり、だから神に仕えることと人に仕えることは同じなのです。愛で純粋に相手を救いたいと思う人が、悩んでいる人の心の隙につけこむようにして精神的に支配し、大金を巻き上げるようなことをするわけがありません。それがワンネス(真理)に反しているのは明白ですからね。

もし本当に信心がある人ならその加護を信じているはずで、それなら将来を恐れてお金と収入源を確保することに奔走する必要はないはずです。将来を恐れて神の力を金に換えようとする人は、神より金を愛し金に仕えているのです。キリストの言う通り、人は神と金の両方に仕えることはできません。だから心からの信心を持ち、存在するということに感謝し、自分の使命を愛して、神に尽くし人に尽くすのが良いかと思います。

対価交換という概念は必然的に損得勘定を生みます。比較して等価でないと感じれば損したと感じるようになるのですから当然です。しかしエゴ(欲)とは何か?に書いた通り、真理はワンネスなのですから、我々は得をしても損をしても脳がダメージを受けるように創られています。ところがエゴが満たされた時には脳内快楽物質が出るので、そのダメージに気づかず、損得勘定によって自己利益的に生きてカルマを積み続けることになってしまうのです。


そして心の深い部分で自分を嫌いになり、富を見せびらかしたり権力を行使したり他人を責めたり見下したりすることで自尊心を回復しようとしますが、それによって周囲に愛されず孤独で不幸な人生を送ることになってしまうのです。つまり対価交換・損得勘定に捉われることが不幸の元凶だということです。

真理がワンネスとわかれば、対価交換・損得勘定という考え方を捨てて、自分から無償で人を助け喜ばせる以外に世界が救われる方法はないとわかるはずです。対価交換などという概念をスピリチュアルに持ち込んできてどうこう話をすること自体がもうナンセンスなんですね。

物質世界(資本主義)における価値(お金)と精神世界における価値(愛)は比較できるものではなく、価値観は人それぞれです。それに乗じてスピ詐欺師たちは「スピリチュアルで相手にいくら請求したとしても、本人が納得して払ったのだったら違法ではない」という感じで、スピリチュアルの知識や能力を使って相手を自分のマインドコントロール下に置き、大金をせしめています。

確かに「原価いくらに対して、いくらからが詐欺である」なんて線引きはありませんし、悩んでいる人は藁をもすがる思いで一旦は同意しているわけですから、刑事裁判に持ち込むのは難しく、また民事裁判で勝ったとしても被害額と裁判費用・時間に見合うだけの賠償金を勝ち取るのは難しいですし、万が一払ったお金が戻ってきても精神的な被害は算出しようがありません。現状、このような裁判は裁判官の良心(リーガルマインド)に期待するしかないという感じです。

ただし、この世界はワンネスなのですから、エゴによる自己利益追求は必ずカルマを積んで逆方向への反動を生みます。創造主はすべてを見ているのですからね。そして今生であれ来世であれ、カルマはいずれ必ず清算させられるのです。この因果応報という絶対法則が支配する宇宙で「逃げ得」というのは存在しないのです。本当は自分も相手も一つ(ワンネス)であり、自分自身なのですから当然です。

それを信じないのはこの世界を創った創造主を信じないのと同じことであり、もしそれでも彼らが得をして自分が損をしているかのように感じるのであれば、まだ等価交換・損得勘定に自分が縛られているということかと思います。霊能者としての価値を稼いだお金で評価しないで下さい。

だいたい詐欺師に「詐欺をやめなさい」と言ってもやめるわけがありませんからね。直接的にスピリチュアル詐欺師たちを批判したところで猛反発を受けてお互い傷つけあうだけになるのが自明で得策ではありません。

彼らも世界の価値観が変わってお金に価値がなくなれば、そんな悪事に手を染める事はないでしょう。僕らライトワーカーはそのようにお金の要らない時代の到来のために、ただ自分が目の前からワンネス(愛)の目覚めの連鎖を起こして行けば良いだけです。どうか彼らの不幸を願ったりして心の波動を下げないで下さいね。それはこの世界の典型的な罠なので。

僕もシャーマンを自称する日本人のスピ詐欺師たちとXでバチバチにやりあったことがありましたが、それは彼らが他人をマインドコントロール下に置いて金儲けをするためにアヤワスカなどの幻覚剤を使っていて、それによって精神が壊れたり自殺する人が出ても全く責任を負わずに逃げて同じ事を続けているからです。騙されたお金は取り返しがつきますが、人生そのものを破壊されてしまっては取り返しがつきません。もちろん詐欺師に「詐欺を止めなさい」と言うだけ野暮で、本人と信者たちから猛反発を喰らうことはもちろんわかっていたのですが、これ以上被害者が増えないように啓蒙活動として彼らの悪事を暴く必要があったのです。

しかし本当に疲弊しました。僕を支持して下さっている方々からも「攻撃的な人だ」「言行不一致だ」「愛がない・怖い」「争いは同レベルでしか起こらない。どっちもどっちなのだろう」「どっちが正しかろうと罵り合いにしか見えず醜い」「結局羨ましくてひがんでるんじゃないの?」等々ネガティブに受け取られることがありました。今では「確かに信心と愛が足りていなかった」と反省しています。

>>本当なら出家して仏に身を捧げた方がいいんだろうな…と思うこともありますが、

いえいえ、出家なんか全然する必要はないと思います。というか我々ライトワーカーにとって出家などはかえって使命の邪魔になるかと思います。人生自体が覚りの修行であり、人間関係がその修行の場なのですから。

例えば人気のない山奥などに行っていくら修行したところで、人間関係なしに魂の成長などするわけがなく、その修行がどれだけ精神的・肉体的にハードだろうと人を救うことはなく、むしろそれは俗世の煩わしさからの逃げじゃないかと思います。

人間関係が存在しないところに行っては覚りを連鎖させることができません。この世界の平和と幸福の実現こそが人生というRPGにおける我々プレイヤー(主人公)の究極の課題であり、自分からみんなに救い・幸福・覚りの連鎖を行き渡らせられないのなら、何度輪廻転生を繰り返そうと彼岸(ゲームクリア)に達することはないと僕は思います。

そして仮にどこかの宗教に入信して出家したとしても、そこの人間関係は俗世の人間関係なんかよりずっと煩わしいのではないかと思います。宗教界はどこもヒエラルキーがありピラミッド型の組織ですから、余程の事がない限りそこでトップにはなれずに上の人のエゴに隷従させられ振り回されるでしょうし、トップになったから覚りが開け世の中を救えるわけではなく、上に行こうという上昇志向(エゴ)がかえってあなたを覚りから遠ざけてしまうでしょう。

僕はどの宗教にも(完全な詐欺でない限りは)リスペクトを持っていますが、どこの宗教の信者にもならず、しがらみに巻き込まれないようにしながら幅広く学んで、己の信心を深めながら真理を追求しています。

>>最近のスピリチュアル界隈や占い界隈では高額な占い、ヒーリング(特に縁結び系や引き寄せ系のもの)が蔓延っている

スピ詐欺に騙されるのは、自発的な信心と愛と霊的成長に目覚めさせるためにカルマが与えられているのに、自らは信心を持とうとせず、己のカルマに立ち向かって成長しようともせず、エゴにまみれたままで、ただ霊能力者などにお金を払って解決してもらおうとする浅はかさが根本的な原因であり、そんな人からお金を貰って一時的に霊能力で救ったとしても、相手も霊能者もカルマを深めて不幸に導かれるのが必然かと思います。

騙す方も騙す方ですが、大金を払えば問題が解決するとかお金が儲かるとか超能力が身につくとか良縁に導かれるとか、そんな馬鹿な話に引っかかる方も引っかかる方です。人は己のエゴゆえに騙されるのですね。そして霊能力というものをまるでブランド品のように考え、値段が高いほど価値や効果があると思い込み、霊能者・成功者を偽装する詐欺師たちにコロッと騙されて大金を差し出すのは本当に愚かなことであり、それは資本主義に心まで犯されきっているのです。残念ながら本人が痛い思いをして失敗経験からそこに気づいて学ばない限り、周りがどうこう言っても無駄でしょう。

>>私は肉体と霊体を分離させることができ、肉体は地球(物質界)で活動していて霊体は精神世界で活動しています🙏

あなたは霊能力者とのことで、もしかしたらご自身の霊能力を高めることで世界を救いたいと考えているのかも知れませんが(お気持ちはよくよくわかるのですが)僕はそれとは真逆の考え方をしています。それは神通力についてに書いた通りです。

あなたにどんな特別な力があろうと、あなたが周囲の人からその力に依存されるようになるだけで、相手の魂は成長することもなく、成長しない魂は救われませんから、魂が作りだしている世界も当然救われません。

霊能力でお金を稼いだり、他人から評価されたいとか支配して利用したいなどと考えるスピ詐欺師みたいな人たちなら、他人から依存されることは好ましいと考えるかも知れませんが、それは世界を救う主人公であるあなたにとって好ましいことではないでしょう。

霊能力というのはその人個人の能力ではなく、創造主が神仏を通じ、神仏がその人の祈りに合わせて発揮するものであり、そんなものを自分のモノのように考えてエゴ(個人利益)のために使えば、それで短期的には利益が得られたように見えても、それはカルマを積むことになっていずれは必ず清算させられると思います。

我々は特別な霊能力など何もなくても、本来誰でも持っている浄霊能力さえ高めて行けばいいのです。それで相手を浄霊してカルマを軽くしてあげることさえできれば、相手は神仏により救い・幸せに導かれます。そしてみんなが信心に目覚め、浄霊し合い・助け合い・許し合い・愛し合い・心の波動を高め合うような連鎖を起こすことができれば、それが指数関数的に広がって、いつか必ず世界は救われます。それを自分から起こしていくのが主人公の使命です。まったく自分一人でこの世界の霊魂全てを救うなんてことはできません。この物語のキャスト全員の協力を得ながら物語を完成させていくのです。

人生はRPGですから、プレイヤー(主人公・ライトワーカー)である限り、必ず「世界を救う」という使命があります。しかし「どのように(何を通じて)世界を救うか?」というのは主人公それぞれに個性・役割があって道(ストーリー)が異なります。

>>特にお金に対する価値が揺るぐ事になる事態が起こることのイメージが強く入ってきていて、私に今…何ができる?私の使命とは?を最近ずっと模索してます💦

まったく同意です。ただ人生というRPGはすべてプレイヤー(主人公)次第に作られているので、お金に対する価値観の変化も、クリエイター側が直接起こしたり自然発生的に起きるものではなく、プレイヤー(主人公)である自分から起こしてくものじゃないかと思います。RPGはクリアできることがゲームする前から決まっていますが、プレイヤー(主人公)がやり通さないのなら、何度リスタートしてもクリアはできません。人生もそれと同じだと思います。

使命を模索中ということですが、人生は「愛とは何か?」というお題の芸術ですから、あなたの愛をこの世の中というキャンバスに表現してみて下さい。あなたがあなたの愛を表現するのに最もふさわしいと感じる手段こそがあなたの使命かと思います。世の中というキャンバスは、あなたが思う存分愛を表現できるようにわざとその反対のエゴだらけになっているのです。

>>物質界のエネルギー(お金など)を精神世界のエネルギー(霊力など見えないエネルギー)に変えることは現実問題として…かなり難しいな…と感じています💦

物質世界というのは精神が作り出す幻影のようなものであって、あなたのおっしゃることは投影されているホログラム側をいじって、投影元のプロジェクター側(元データ)を変えようと言っているようなもので、難しいのではなく不可能だと思います。あなたはまだ(世間の大半の人と同じように)「精神と物質」の主従関係を真逆に考えていらっしゃるように感じられます。

みんなの意識エネルギーがこの物質界のエネルギーを生み出しているのですから、あなたの意識エネルギーの変化が連鎖してみんなの意識エネルギーが変われば、この物質界のエネルギーは変わります。それには物質界のエネルギー(お金やモノのエネルギー)を我々がどのように捉えるか、つまりエゴ(自己保存欲求=我欲・保身・虚栄)のためにあると認識するのか、愛の為に分かち合うものだと認識するのかで、意識エネルギーが変わります。しかしそれは物質エネルギーが意識エネルギーを変えているわけではありません。逆です。

心が変わればそれが必ず行動に反映されます。ワンネスに目覚め(精神界)、誰が見てなくても・何の得にならなくても、神に奉えて信心を形にし、お金やモノや奉仕を無償で分かち合うこと(物質界)を通じて、人の意識(精神界)がより良く変わっていくこと。そういう循環を自分が実践を通じて連鎖させていけば、世界は救われると思います。全部繋がっているのですから。

みんなこの人生というRPGを楽しむため、つまり失敗を経験し、試行錯誤し、成長していく物語をの楽しむためにわざと愚かに生まれてきているので、他プレイヤーに答えを教えたり、欠点や過ちを指摘して責めたりするのが正解ではないのです。

ゲームしている脇で答えを全部言われたら面白くないですから、無意識に心が反発してしまうのです。だから答えを教えると相手を傷つけてしまってこちらが嫌われ、人間は嫌いな人の言うことには逆らいたくなりますから、こちらの言う事が正しければ正しいほど相手は逆のことをやってしまうので、かえってその正しさから相手を遠ざけてしまうことになります。

そして霊能者の使命というのは、超能力で相手の問題を解決してしまうことではありません。それはゲームの難しいステージで相手のコントローラーを奪ってステージクリアしてしまうことに等しく、相手は成長していないのに更に難しいステージに進むことになり、また行き詰まって霊能者に依存してくるでしょう。その人はお金を失ってカルマを積むでしょうし、霊能者はそんなことで大金を稼いで、しかもまた更に多くの人を自分に依存させてカルマを積むことになるでしょう。

霊能者のやるべきことは、浄霊してあげてその人の人生を救い・幸せに導くこと(お手本を見せること・背中で語ること)で、その人が自発的に信心を起こし、愛(ワンネス)に目覚め、霊的に成長していくように手助けしてあげることです。自分が超能力を手に入れてそれを高めて相手の霊的・カルマ的な問題を解決することでは決して人は救えません。それでは相手が霊的に成長しませんから。

>>神社仏閣に対して不敬な気がして比較対象にすべきではないと思うのですが、

いえいえ、現代では仏道も神道も完全に資本主義の内側にあって、ほぼお金稼ぎが目的化したビジネスであり、衆生を救おうという「愛」と自分たちが生き延びようという「エゴ(自己保存)」が完全に逆転してほぼ死んでいます(それを生き返らせるのが主人公の役割です)。今の仏教や神道とその他のスピリチュアル・ビジネスと比較対象にするのに何の問題もないと思います。宗教のビジネス化は人間側の問題であって、それを指摘したからといって神仏を貶めることにはなりません。むしろ彼らに「これはビジネスではない」という思いがあるなら、それは大きな勘違いだと思います。そしてもし彼らに「神様・人様からのお恵みで生活している乞食である」という謙虚さがなく、偉そうにしているのであれば、それは本当に神仏のご意志に反していると思います。

>>私は有料で縁結び系の魔術を使います。

縁結び系の魔術というのが具体的にどういうものなのか僕は存じ上げませんし、的外れなことを言ってあなたを傷つけることになっていたら大変申し訳ないのですが、私見を述べさせていただきます。

大変キツい言い方になって心苦しいのですが、僕は個人的に、魔術だの呪いだのは金額云々以前に「論外」かと思っています。それは神仏の力をエゴのために使うモノであり、人を呪えば穴二つと言われる通り、一時的には得をしたように思えても後で高い代償を払わされ、ロクな結果にならないことは明白です。これもワンネス(私=あなた)が真理だとわかれば当たり前のことです。

良縁を望むということは、今までいただいているご縁に満足し感謝していないということであり、縁結び系の魔術をするというのは、もし人生が映画ならその監督の意向を無視してプロデューサーに「もっと良い俳優をキャスティングして下さい」とお願いするのと同じではないでしょうか?

それは完全に越権行為であり、映画監督たる創造主の愛に反すると思います。まして縁結びが元々結ばれる運命でないはずの人たち同志を(お金をもらって)無理やり結ぶようなものなのであれば、僕は懐疑的です。

全知全能である創造主のやることはすべて(魂の成長のため・物語を良いものにするために)完全であり、人間は俳優目線でしか物事を見てなくてエゴに捉われているからそれがわからないのでしょう。

そして「他にもっと良い人がいるのでは?」と考えることは、目の前の人を全力で愛さないことに繋がり、それは不幸の元凶なんですね。自分に与えられた出会いを全て自分にとってベストだと信じて感謝しながら常に全力で愛する以外に、幸せになる方法はないと僕は思います。

あなたは与えられたものに感謝しない人間に、もっと良いものを与えたいとは思わないでしょう。それは創造主も同じことなのです。その人間が何を望んでいるかぐらい、全知全能の神は全部知っています。創造主が人間の望みを知った上でそれを与えていないのは、その人間が与えられたものに感謝してないからであり、またその人間が回収すべき伏線を回収していない・クリアすべき課題をクリアしていない(霊的に成長していない)ために、それを今与えることがその人間の使命上(役割上・物語上)良くないとわかっているからでしょう。そこもRPGと同じです。

すべては創造主から与えられたものなのに、自分の能力・努力で手に入れたものをまるで自分のもののように考えて驕り、創造主に向かって「あれをするからこれをして下さい」などと対価交換を望むこと自体がナンセンスであり、創造主の愛に反しているということをどうか知って下さい。

我々が望むべきことは世界平和と幸福のみであり、あとはただ与えられているものに感謝して、出会った人ひとりひとりを創造主の分身と信じ、自分に与えられたものをフル活用して見返り(結果)を一切期待せずに奉仕し、使命を果たすのみではないかと僕は思います。

2022年11月8日火曜日

生まれの格差について(陰謀論)

【質問】20代前半・男性

初めまして。最近真也さんの発信を見させていただいている20代前半の男です。

答えづらい質問かもしれませんが、現在、世界では悪魔崇拝をしているグローバルエリート達による世界支配体制樹立が行われようとしています。彼らは戦争や食糧危機で人々に恐怖を煽ったり、個人情報を管理して言論統制や民衆の監視を行う社会体制を作ろうとしています。戦争や食糧危機等で人々に恐怖を煽り、個人情報管理等で監視社会に向かわせようとしています。この一連の流れも、この過程で失われる命や苦しむ大勢の人々も創造神のシナリオによるものなのでしょうか?

聞くところによると、彼らは資本主義のシステムによって人々を搾取するだけでなく、人身売買や違法取引、紛争等あらゆる悪行を裏で操り、それを数千年前から😈の啓示を受けて行ってきたらしいです。その過程で不条理に奪われた大勢の命の存在もシナリオ通りなのかなと気になりました。

また、ブラジル在住とのことでお聞きしますがブラジルでは貧富の差が激しく、多くの貧民がスラム街(ファベーラ)に住み着き、生きるために盗みを働いたりギャングになって人を殺したりするような現状があると思います。一方、私は日本人として少なくとも衣食住に困った経験はありません。このような明らかな生まれの差というのも、意図的に作られてるということなのでしょうか?

この世界は愛と勇気を試すフィールドであるのは理解しておりますが、流石に私のような日本で普通に暮らす日本人と、ブラジルで生きるか死ぬかの毎日を送ってる人間に同じ使命を課すのは中々酷ではないかと感じてしまいました。

駄文を失礼しました。

【回答】※2024年9月1日更新
ご質問ありがとうございます。発信を見ていただいてとても光栄です。

>この一連の流れも、この過程で失われる命や苦しむ大勢の人々も創造神のシナリオによるものなのでしょうか?

はい。全て創造主のシナリオ通りです。世界は我々人間からするとあまりに理不尽に感じられ、文句を言いたくなる気持ちはよくよくわかるのですが、それは設定でありプロセスであって、結果ではないのです。

人生(=世界)はRPGですから、冒険を始める前からシナリオが用意されているのは当前です。すべての存在は全知全能たる創造主の一部であり、この創られた仮想現実のRPG世界に創造主が意図せず生み出された存在は一切ありませんし、意図せずに起きることも一切ありません。ドラゴンクエストのようなRPGの世界に、クリエイターが意図していない存在が出て来たり、意図していない出来事が起きたりすると思いますか?それを考えればわかることです。

答えにくいどころか、noteでも他の方からの同様のご質問悲惨な世界も創造主の計画通りですか?」「愛の力の弱さに反吐等でも既に再三お答えしていることなのですが、どうしてもご納得いただけないようですね。まぁ人間は基本的にそのように目覚め難くプログラムされているのですから無理もないことです。ですので今回は陰謀論的内容にもお答えする形で、創造主が創りし壮大かつ偉大なシナリオ(各プレイヤーのRPG世界に共通の設定)をより詳しくわかりやすく解説したいと思います。いまだに全く目覚めようとしない魂の兄弟たちのために。

「完全無欠・全知全能の神がこの世界を創ったのなら、なぜこの世界には悪があるのか?」というのはライプニッツの時代より遥か昔からある哲学的命題であり、それが無神論の根拠にもなってきたわけですが、人がそのような考えに陥るのももちろん全ての全てを創りし創造主のシナリオ通りであり、予定調和なのです。


僕らは「完全性」というものを欠け(欠点・過ち・問題)がないことのようにイメージしてしまいますが、しかしそのような単純な完全性からは何の必要性も生じず、何も経験できず、何も創造できず、感情(面白さ・楽しさ・ドラマ性・芸術性)も何も生じず、何の存在意義も生じないのです。だからこそ真に完全である創造主は意識を分離して個性(欠点や過ちと不可分)を与え、全ての存在に僕らからすると不完全性としか認識できない欠け(欠点・過ち・問題)を創り出し、お互いを必要とさせ、経験的にお互いの存在意義を感じさせてくれているのです。そのように「創造主とは何者で、どんな意図で創造しているのか?」というところを説明できれば答えは明白なのですが、超長文になってしまうため、追々別記事にてご説明差し上げたいと思っています。


みんな創造主という存在をいわゆる善神のようにイメージするから理解を誤るのでしょう。善神も悪神も本当に全ての全てが創造主の創造であり、創造主の現れであり、創造主の分身なのです。そしてそれは全て人生というRPGにおいて必要だから存在しているのです。

例えばドラクエのようなRPGの世界において、あなたは「魔物たちはクリエイターの意図なしに自然発生してしまったもので、クリエイターが退治できないために野放しになっており、そのために世界が悪に支配され格差社会になっている」などと考えるでしょうか?あなたのおっしゃることはそれと全く同じことです。もしそうなら創造主は全知全能ではないでしょうし、そんな非力な存在が世界自体を創ったということもありえず、世界は創造主が意図せず自然発生したものだということになります。しかし仮想現実が理由もなく勝手に自然発生するわけがありません。

RPGの魔物と同じく、この世界の悪魔・霊障も、プレイヤー(主人公)の冒険のためにクリエイターが創造した創造物であり、物語の都合(シナリオ・伏線)上、与えられた役目を(無自覚に)果たしているに過ぎません。あなた自身も、僕も、世界を完全に支配しようとしているグローバリストたちも、この宇宙のあらゆる存在が創造主の一部であり、理由(役割)があって生まれてきているのです。そのように世の中(自分の中)の悪というのは、決してその存在自体を憎むべきものではなく、ましてその存在ゆえに創造主を恨んだり否定したりするのではなく、ありがたい成長課題として乗り越えていくべきものだということです。彼らはRPGの魔物たちと同じで、クリエイター側からすれば物語を成立させて存在意義を生んでいる愛すべき創造物(キャラクター)たちなのです。そのように見ることがクリエイター(創造主)視点で見るということなのです。


人生はクリエイター(創造主)・プレイヤー(主人公)・常識(脇役NPC)それぞれの視点で見れるようになることが大事なのですが、ほとんどの人は脇役(NPC)視点でしか見ることができず、被害者意識に陥って魂の成長を自ら拒否してしまっているのです(それも予定調和です)。

宇宙の仕組みに書いた通り、客観的世界というものは存在しないのですが、そこをほとんどの人が誤解しているのです(それも予定調和ですが)。本当はネットゲームと同じように、ログインプレーヤー一人一人それぞれに自分を主人公とする世界・物語(シナリオ)が与えられているのです。それが世界線によりP2Pのネットゲーム世界のように重なりあっているから一つの世界のように見えているだけで、本当はみんな別々の自分の主観的世界にいるのです(一人一宇宙)。


そしてクリアするまでは誰も自分の脳というパーソナルコンピューターのゲーム世界(認識宇宙・仮想現実)から外には出れないのです。ただ我々は牢獄のような世界に閉じ込められているのではなく、自ら望んでこのゲーム世界にいるのであり、クリアできるまで輪廻転生(コンティニュー)を繰り返せるようになっているのです。

認識者の認識により事象が結実するという量子の仕組みは、ログインプレイヤー一人ひとりを主人公として成り立たせるために必要不可欠なシステムなのです。もし客観的世界が存在するなら成立し得ませんし、仮に成立すると考えたとしても、その仕組みに存在意義はなく、創造主は存在意義のないものは創らないのです。そもそも人生(=世界)というのは創造主がそれを経験してみたいと思ったから創ったものであり、自分を脇役とするためにこんなに手間暇かけて人生(=世界)を創るワケがないのです。そしてもちろんそれは愛が動機であり、決して意地悪で創っているのではないのです。それを意地悪だと被害者意識で解釈する人の世界は本当にそのようになってしまうのですが。

人類は既に「人間の認識により現実が決定する」とわかっているのに、いまだに「人間が生まれる百数十億年前に宇宙が生まれた(客観的世界が存在する)」かのように思わされているのは、クリエイターがNPCたちを物質主義・無神論に陥れるためにこの仮想現実をそのように設定しているのです。それにまんまと騙されて周囲と同じように物質主義・無神論に陥り、客観的世界が存在すると考えて自分を周囲と同じ世界の脇役のように考えるのは典型的な無明(顛倒夢想)であり、主人公はそこから目覚めなければならないのです。客観的世界というのは存在せず、自分は自分の認識世界の主人公なのです。そしてこの世界のあらゆる創造(物質も法則も)は、創造主なしには存在し得ないと知って下さい。


他人はみんな自分が主人公の世界のNPCであり、自分自身の鏡のような存在です。この「自分の認識(事象の結実)が世界線を共有する他人(他のログインプレーヤー)の世界に瞬時に連動する」という仕組みによって、みんな自分を一つの客観的世界にいるかのように錯覚させているのです。本当は暗い部屋で独りぼっちでゲームをしているのに、そのことに気づかせず孤独を感じさせないよう、世界線(インターネットのようなもの)で他のプレイヤーとフィールドを共有させてくれているということです。そのお陰で僕らは孤独な存在にならず愛を経験できるのですが、同時にそれによってみんな自分を社会の脇役のような無力でつまらない存在だと思いながら生きてしまっているのです。

あなたは意識というものが他人にも当たり前に与えられていると無意識に思っていてその価値に気づいていないと思いますが、他人に意識(主人公資格)が与えられているかどうかをあなたに確認することは絶対にできません。彼らがみんなあなたの人生という物語を盛り上げるために役割りを与えられて自動で動いている脇役AI・NPC(哲学ゾンビのような存在)であり、世界で主人公はあなた一人であるという可能性は決してゼロには成り得ないのです。それどころかあなたの意識以外の存在が本当に実在しているのか、あなたの意識が生み出している幻なのかも確証はありません。あなたが主人公として・経験主体者として意識が与えられ、人生というRPG・物語が与えられているということの価値に気づいて下さい。

意識が創り出している世界を経験しているという意味で、夢と(仮想)現実は本質的に同じものなのです。インド神話に「世界はヴィシュヌ神の見た夢だった」とある通りで、あなたはヴィシュヌのアヴァターラ(化身)なのです。その夢の中において直接知りもしない他人は完全に幻であり、ゲームの設定(伏線)みたいなもので、その不幸や悪事をあげつらって創造主を恨み世を嘆き、人(世界)を救おうともしない自分を正当化する理由に使うのはナンセンスです。そして直接知る人の不幸は主人公であるあなたが救うべきものです。

夢の中でお金や権力や他者評価を得ても意味はないでしょう。そこはこの仮想現実世界も同じなのです。あの世に持っていけるのは魂だけなのですから、それを愛で満たすことのみが価値なのです。RPGの世界でどれだけお金を稼いでどんな素晴らしい能力やアイテムを手に入れても、エゴ(我欲の充足と保身の確保・虚栄)にまみれて愛を発揮せず世界を救おうとしないのなら、永遠にクリアに辿り着くことはないのです。

この人生というRPGにおけるすべては、主人公の愛と勇気を試すため・魂の成長を促すためにあります。あなたはそれを既に理解しているようにおっしゃっていますが、ご質問内容から察するにまだ全く理解されてないように感じます。ニュースも歴史も神話も、あなたが認識できるすべてはあなたを主人公とする物語の伏線なのです。だから実際それが本当に起きたかどうかではなく、あなたの物語にとってどういう意味を持つかを考えることが重要なのです。history(his story)のhisとはどこかの権力者などではなく、主人公であるあなたのことですからね。今までの歴史はすべて主人公たるあなたの物語の伏線であり、これからの歴史はあなたが創るのです。そして君が代の「君」も天皇のことなどではなく、主人公たるあなたのことです。この世界で出会うあらゆる人物が自分の鏡であり、自分が主人公の世界に他人事は存在しないのです。

人間は「何の問題もなく、ただみんな幸せな世界」を望み、「創造者はなぜこんなひどい世界を創ったのか?」と被害者意識に陥り、社会・時代など自分以外のものを言い訳にして、より良い人生・世界にすることを簡単に諦めるように基本設定されているので、あなたのような考えになることは予定調和です(もちろん僕もかつてはそのように考えていました)。しかし最初から何の問題もない幸せな世界が初期設定だったら、我々は幸せを感じることもできませんし、誰も問題を乗り越えて成長しようとしないでしょう。それでは「主人公が世界を救う成長の物語」というRPGの基本設定が成立せず、話が始まらないのです。そういう「みんなが幸せな世界」というのはRPGのゴールであり、エンドロールみたいなものなのです。せっかく始めたRPGが最初からエンドロールで何のプレイ要素もなかったらどう思いますか?何の障害・苦難・困難もなく、それを努力して乗り越えて成長することもなく、最初からずっと幸せというのはありえないことであり、もしありえたらそれはとても無意味で退屈で不幸なことなのです。


例えばドラクエの世界の中に生きている人が、クリエイターに対して「なんでこんなひどい世界を創ったのですか?世界は魔王に支配され、部下の魔物たちが暴れまわっています。戦いの中で悲惨な死に方をしている人たちもいっぱいいます。私は非力なので魔物たちに勝てるわけがなく、ただ従うしかありません。社会は差別と争いばかりで暗く、未来は絶望的です」などと設定やシナリオに文句を言いながら、結局は日常に埋没して世界を救おうとせずにいたら、プレイヤー(主人公)として成立せず、ゲームが進まないでしょう。


そのように世界を救うべく愛と勇気を発揮することなく、魔物に怯えてその支配に甘んじながら、ネットで魔物の批判ばかり書いては自分も戦っているという気分だけを味わい、その辛辣かつ汚い言葉で自らを汚し傷つけて自分(=世界)を暗くしながら、街でエゴ(我欲と保身)のためのお金儲けに一生を費やそうとするようなキャラだったら、クリエイター(創造主)はそのキャラを主人公にしたいと思うでしょうか?そしてその分身たる神々はそのキャラクターを主人公としてプレイしたい(導きたい)と思うでしょうか?


そのように、設定に文句を言って今生で主人公として目覚めて人(世界)を救う気のないキャラたちは、他人が主人公の物語の脇役NPCとして自動運転のAI状態にさせられるは当然なのです。NPCの自由意志は幻であり、自ら選択している気分だけ味合わせてもらっていますが、その選択肢はヤクザの夜店の宝くじと同じで全部ハズレ(大同小異)であり、NPCとしてリスタート(輪廻転生)を果てしなく繰り返すことになります。ゴール(クリア)の設定が間違っているからこそのNPCということです。

あらゆる存在・事象に対する不平不満は、それを創った創造主への不平不満と同じであり、それは必ず悪業として自分自身に返ってくるのです。そして誰か別の主人公の物語の単なる伏線の奴隷となり、退屈で不幸な人生になるのが必然なのです。RPGの世界においては、菩提心(真理を覚り、衆生を救う存在になる決意)を起こすことがすべてのスタートなのです。力がなくてもお金やアイテムがなくても仲間がいなくても、まずは決意することが始まりなのです。最初からレベル最高でアイテムや謎の答えなどが全部与えられていたら愛も勇気も智慧も試されずゲーム要素がなくなります。非力で無知で何も持ってない時に起こす菩提心だからこそ尊いのです。そして必要なものは必要な時に与えられるのがこのゲームの醍醐味であり、何も心配は要らないのです。

僕らは創造主の創った壮大な神話の中を生きているのです。RPGというものは魔物に完全に支配される一歩手前のディストピアから始まって、そこから主人公が大逆転を起こして世界を救うシナリオになっているのが当前のことであり、僕はそういうシナリオ以外のRPGを見たことがないです。あなたというプレイヤー(主人公)のRPGもまさにそのようなシナリオになっているのです。

設定やシナリオに不平不満を言って被害者意識に陥ることは典型的なNPC思考であり、自分が世界を救う主人公であることに目覚めない限り、創造主の愛を十分に受け取れないのです。自分(=世界)に与えられている課題なのに「もしクリエイターがいるのなら、クリエイターが問題を解決すれば良いのではないでしょうか?もしできないならクリエイターの存在など信じません」などと考えることがいかにナンセンスなことかに気づいて下さいね。課題を与えている側が課題を解決してしまったら課題にはならないのです。ドラクエでもしクリエイターの堀井雄二さんがゲーム制作時点で魔物を全部倒して平和で幸福な世界を実現してしまったら、プレイヤーは課題がなくてゲームにならないでしょう。


あなたはブラジルなど遠い異国の地の貧困問題について心を痛めるほど優しい方なのかも知れませんが、結局はそういう不幸な人を救う為に恐らくは何もしていないわけで、それで「どうして創造主はこの問題を解決してくれないのでしょうか?酷くないですか?」と設定に文句を言いながら、他のNPCたちと同じように自ら社会システム・常識の奴隷となり、自分はきっと支配体制の最下層に落ちることはないだろうと安全圏にいることに安堵を感じつつ、エゴ(我欲と保身)のために嫌な仕事をし、グローバリストたちの支配体制に文句を言いながらも、結局はそれを支える脇役NPCの一人となっているのでしょう。

まず、あなたが今現時点で直接知らず直接救うこともできない人のことで思い悩むより、今あなたの目の前にいる人を救うことに集中して下さい。そうやってあなたが主人公のシナリオを前に進めるのです。いつも使っている例えですが、ゲームのバイオハザードでゾンビが出てくるのは主人公が悪いからではありません(自分のせいだと思う必要はありません)。かといって相手側(ゾンビやアンブレラ社)を責めたり、制作側(クリエイター・ゲーム会社)を恨んだりして、被害者意識に陥ってもゲームは進みません。自分も相手も運命も責めず・恨まず、ただ自分に与えられた成長課題だと信じ、楽しみながらその課題を目の前から一つ一つクリアしていくことが大事なのであり、それは人生も同じだということです。


人それぞれ自分の人生の因果(カルマ・課題)ですらよくわからないのですから、見ず知らずの他人がどんな因果(カルマ・課題)故に苦しんでいるのかは知りようがありません。大切な事は、直接知り合った人のカルマを自分のカルマを写し出したものと考え、それを乗り越えることです。直接知りもしない人がどんな苦難に遭っていようとも、今現在それを気にして世を嘆いて創造主を恨むより、直接知っている人を救う事に集中して下さい。そして直接知りもしない(存在すら確かめられない)人の不幸を理由に「創造主は非道だ・神仏など存在しない」などと考え、人生を創造主からの意地悪や罰ゲームのように解釈してはいけません。世界は主人公たる自分の認識が創るのですから、そのように解釈すれば本当にそのようになってしまいます。


そしてあなたが「日本はブラジルより状況が恵まれている」などと考えるのは幻想です。日本人のように衣食住は足りていても他者評価に依存させられているがゆえに劣等感・自己否定感に苦しんで自尊心を病み、孤独で不幸なのにプライドが傷つきやすくて他人に助けを求められず、頑固で人の話を聞かないような人たちを救って幸せにする方が、貧しさに苦しんでいる人を救うより難易度は高いのです。このRPGはそんなに簡単じゃないのです。

あなたはブラジルの貧民街に住む人たちがみんな不幸だと勝手な自分の常識で思い込んでいるようですが、日本よりは遥かに平均的な幸福度は高いのです。なぜなら多くのブラジル人は子供を無条件の愛で育て、子供は他者比較に関係なく思いっきり自尊心高く育てられるからです。そして貧民街の人達はみんなが貧しい分みんなが助け合って生きていて、多くの日本人のように他者評価に依存して富を奪い合ったり罪や過ちを責め合ったりマウントを取り合ったりする意識が低く、孤独な人が少ないのです。あなたが考えているほどお金と幸福度に相関関係はありません。


強盗になるのは全体の割合からすればごくごく一部の人達です。大部分の人は貧しくても強盗になどなりません。特にブラジルではどれだけ貧しかろうと生きるのには十分な食料が与えられますからね。強盗になるのは貧しいからではなく、強盗が貧しさを言い訳に使っているだけです。人間のあらゆる悪い行動の元凶は自尊心の傷であり、一部分の親から十分に愛されず虐待を受けるなどして自尊心低く育った人が、傷ついた自尊心の回復のための手段としてギャングになってお金と力を手に入れようとしたり、暴力やドラッグや酒などで自分自身から逃避しようすることが原因なのです。


そしてそのように他人を責めたり傷つけたり支配したりして「自分は彼らよりマシな存在である」と傷ついた自尊心を愛によってではなくエゴによって回復しようとする人ばかりなことが、人類に共通した課題なのです。しかし日本人も含めて多くの人が、自分が自分より悪い・劣った人間を責めて蹴落とそうとして自ら地獄に落ちる「蜘蛛の糸」のカンダタになっていることに気づいていません。

実際、僕はブラジルでホームレスをしていてお金もまったくないので衣食住に事欠いておりますが、周囲の人に愛されて助けられ、とても幸せに生活しています。もしあなたが貧しい人を下に見て不幸だと決めつけているのなら、根本から考えを改めて欲しいです。あなたが直接経験して知らないことを自分の勝手な常識で決めつけていることに気づいて下さい。そして貧困や死などを過剰に恐れるから支配体制に追従せざるを得なくなっていることに気づいて下さい。

ネットゲームのごとくこのRPGはログインしている時点で主人公なのであり、他のログインプレイヤーのゲームの進捗(どこまで進んでいるか、どれだけ能力・アイテム・他者評価を持っているかなど)は一切関係ありません。基本的に他人との比較に意味はないのです。困難な環境が与えられているのはそれだけその主人公のゲームの難易度が高い(魂のレベルが高い=カルマが深い)というだけで、それを理由に創造主に不平不満を言うのはナンセンスです。

そして他のログインプレイヤーとは協力関係にあるのですから、自分のゲームクリアのために自分にはない高い能力を持っている人間からうまく協力してもらい、現在何かに困って行き詰まっている不幸なプレイヤーがいれば、自分の知識・能力で補ってあげるのがこのRPGのプレイ要綱です。他人に嫉妬して劣等感を持ったり、他人の罪や過ちを責めたり、能力の低い他人を見下したりしているような主人公では、世界を救ってみんなで幸せになること(ゲームクリア)などできるはずがありません。

あなたは衣食住が足りているという環境であるが故に、他人の不幸にも心を痛める割にはそれを救おうとすることなく創造主に不満を言い、支配者たちに反感を持ちつつも自分の衣食住を充実させながら安穏に暮らしたいというエゴのために自らその社会システムの奴隷となって、世界を救う主人公として目覚めようとはしていないのでしょう。

「そんなのみんなが同じで、それが常識なんだからしょうがないじゃないか!」と、そのように他人の思考や行動を勝手に常識化して言い訳にするのがNPC思考なのです。創造主と主人公の関係は一対一であり、他人(全員NPC)の言う事やる事(常識)は一切言い訳に使えないと知って下さい。宇宙の仕組みで読者に一番伝えたかったことは「人生(世界)は自分を主人公とするRPGであり、客観的世界が存在すると考えることは幻想である」ということです。あなたはまだ気づいていないだけで、あなたの世界の主人公(プレイヤー)はあなたなのです。

このRPGにおいて、自分が主人公として目覚めることはとても困難に設定されています。みんな自尊心が低くさせられているからです。ネットゲームであれば、ログインした時点で自分が主人公だとわかっているわけですから数週間でクリアできてしまいますが、この人生という物語はそうはいきません。世界を救う主人公として目覚めないまま(菩提心を起こさないまま)輪廻転生を繰り返す魂の方が圧倒的多数です。

出会う人はみんなNPCであり、マトリックスのエージェントのようにあなたが主人公として目覚めることを妨害してきます。そしてみんな自分を客観的世界の脇役だと思って常識を疑うことさえせず、自分や他人の欠点や過ちを責めて大した存在ではないと考え、自分が世界を救う偉大な存在だということに目覚めようとはしません。しかしそれこそが創造主の用意したシナリオであり、そこからの逆転劇だからこそ人生というRPGは難易度が高く面白いのです。

さて、世界を救う主人公ってどんな存在でしょうか?イーロン・マスクのように現時点で有能かつ有名でお金持ちで権力を持っている人間でしょうか?そうではありません。そういう人間はエゴに埋没して金や名声や権力を追い求め、世界を救おうなんて本気で考えはしませんし、よしんば本気で考えていたとしても権力(強制力)を使って世界を救おうとしても絶対に救えないようにこのRPGは創られているのです。魂の成長のために生まれてきているのですから、真理を覚りそれを連鎖させていく以外に世界は救われないようにできているのです。

NPCたちはみんな「有能かつ有名でお金持ちで権力を持っている人間」が幸せで、「無能かつ無名で貧乏で何の権力もない人間」が必ず不幸せだと思っているのでしょう。また悲惨な生い立ち・環境で生きている人間が世界を救えるわけがないと考えているのでしょう。しかしそれは違います。僕らが自分など大した存在ではないと思わされているのは、そこから自分とすべての存在の価値に気づいていく過程が物語として美しく面白いからです。そのためには愛と勇気が最大限試されるからです。

NPCたちはみんな自分には世界を救うような能力もなく、そのキャパシティーもなく、その義務もないから誰も救わないのが当然(逆に足りないからと他人から奪ってでもキリなくお金を稼ぎ続けようとする)という考えになっていますが、自分に与えられている能力とキャパシティーの中で人を救うという考え方が連鎖しなければ、世界はただお互い奪い合うだけでどれだけあっても足りないようになり、いつまでも救えません。

あなたが人生で愛と勇気により目の前の二人の人間を救う事ができたなら、その二人もきっと他の二人の人を救うでしょう。それがたった50連鎖するだけで1000兆という途方もない数字になります。連鎖反応というのはそのように指数関数的に広がっていくものであり、一度火が付いてしまったらスチールウールの酸化反応のように誰にも止めることはできないのです。そしてその火付け役があなたという主人公の使命です。目の前の人と無償の愛で助け合う連鎖を世界の隅々まで行き渡らせるのです。メシアとはこの世の人間たちから救世主だと称賛される存在ではなく、創造主から称賛される存在なのです。メシアというのは他者評価ではなく自分の覚悟だということです。


そのためには特別な能力も大金も巨大な権威・権力も要りません。それらが多く与えられていないことを世界を救わない言い訳に使わないで下さいね。僕らは成長を楽しむため・お互いが助け合うためにわざと能力低く・欠点多く・愚かで過ちを犯すように作られているのです。最初からレベルMAXだったら成長の物語にはならないのです。そして一人ひとりがそれぞれの世界の主人公なのですから、あなたがたった一人でも本当の意味で救いに導ければ、それは世界を救ったことになるのです。そしてそれは必ず連鎖するのです。

そしてあなたはグローバリストたちを悪魔そのもののように思っているようですが、この世界の魂はすべて同源(創造主の分け御霊)であり、いわば全員が同一人物です。つまりあなたも彼らとして生まれていれば確実に彼らと全く同じことをするということです。実際彼らを批判している今現在のあなたでも、彼らから大金と権力を餌に仲間に加わるように言われたら加わってしまうことでしょう。もしそうでないならとっくに世界を救う冒険へ旅立っているはずです。(僕は既にそうしていますし、例え何兆円積まれようと、どんな権力者にしてやると言われようと、僕の意思は微塵も変わりません)不幸な支配者を救うのが主人公の使命であり、支配者を絶対に幸せなものと考えて羨み、お金持ち・権力者を目指し、貧乏人を不幸と考えて貧困を恐れているようでは、無自覚に支配構造に協力していることになり、ただ支配者たちの餌食にされているだけで、誰のことも救うことはできないのです。


人間というものは上位次元の存在のアバターであり、グローバリストたちも普通の人間に過ぎません。実際に対等な立場として会ってみれば彼らは拍子抜けするぐらい普通に良い人達でしょう。あなたの周囲に屠殺場で働く人はいますか?彼らは家畜動物からすれば極悪人ですが、彼らの友人から見れば普通に良い人達でしょう。それと同じ事なのです。

屠殺場で働く人は「家畜は人間に食べられるために生まれているのだから、殺されても仕方がない」と仲間意識から切り離すことで罪悪感から逃れ、そして美味しい肉をみんなにたくさん食べてもらうことで「みんな肉を食べたがっているのだから、もし動物を犠牲にすることが罪だというのなら、肉を食べる人間は(及び動物実験による医薬品に頼る人間は)みんな同罪だ」と考えることで精神を保っているのでしょう。そしてそこはグローバリストたちも同じなのです。

現時点で悪役をやらされているというだけで、グローバリストたちも我々と同源同一の魂を持った人間であり、罪悪感から逃れるために無能な人たちを家畜と認識することで精神的に切り離しているのです。更に、エゴによって自分より無能な人を餌食にして富を得る社会システムにみんなを参加させることにより「みんな同じじゃないか」と罪悪感から逃れ、精神を保っているのです。しかしそれはとても不幸なことであり、彼らも主人公の救いの対象なのです。ですからもしあなたが主人公に目覚めるのなら、まず彼らの家畜になるのをやめるべきです。

ロスチャイルド家の現総代はインタビューにおいて(正確な内容は覚えていませんが)深刻な面持ちで「私は莫大な資産を持っても、ただ将来まで生活の不安がないというだけでみなさんと同じだ。少しも幸せではない。先代からの資産を減らしたら無能ということで一族から排除されるから仕方なく働いているだけだ」というようなことを言っていました。

現在の支配システム(時代・価値観)を作ったのは彼らではありません。支配者(悪役)としての宿命を持ってそういう家に生まれただけです。そして彼らはどれだけ途方もない資産を持っていても、先代の資産を減らさないためには先代よりも更に悪どいことをやらねばならなず、心が苦しんでいるのです。

もしあなたがパチンコ連盟の長である最大手のパチンコチェーンの社長の息子として生まれたら、より収益を拡大すべくありとあらゆる手を尽くすはずです。できなければ無能として排除されますからね。絶対儲かるように出玉を管理し、あらゆる媒体を通じて宣伝し、ギャンブル性を高め、人気アニメを導入するなどして悪魔性を目立たなくして、店内を気軽に入れる雰囲気づくりに気を配り、流行らせて街中に出店拡大し、より多くの人を遊戯の中毒にさせ、サラ金業者と組んで高金利で金を貸し付け借金奴隷にするでしょう。そしてまた本来自分たちを取り締まるべき政治家や警察の上層部を要職に天下りさせたり裏社会の力で脅したりして逆に自分たちの操り人形にするでしょう。

グローバリストたちがやっていることも基本はそれと同じです。陰謀論は荒唐無稽な話も多いですが、陰謀自体は資本主義社会においてあるのが当然です。今の資本主義経済は完全にギャンブルなのに、その胴元による大規模な不正(イカサマ・我田引水的なコントロール)が全くないと考えるのは頭がお花畑なのであり、ただの賭博場のカモです。しかしあなたのように陰謀論にハマって支配者たちやシステム(設定)に文句を言いながらも、結局彼らの運営するギャンブル(経済・金稼ぎ)に人生を費やす気なのなら、カモであることに違いはありません。むしろ陰謀論によって被害者意識に陥って人生が不幸に導かれるぐらいなら、陰謀の存在を全く信じない頭がお花畑なNPC達の方がまだ幸せかも知れません。


現代経済は椅子取りゲームであり、支配者たちはお金(ギャンブル)の仕組みを知らない・知っても逆らえない人達をそのゲームに強制参加させています。僕らは世の中がどんどん便利になっていくことに酔わされ、音楽(便利さ)に踊らされている間にどんどん椅子が抜かれて社会が貧しくなっていることに気づきもしません。IT化などで世の中が10倍便利になっても、我々の仕事量が時間が10分の1になったわけでもなく、収入が10倍に上がったわけでもありません。逆に仕事量は増え幸福度は下がっているでしょう。社会の利便化によって富の独占が正当化され、貧困化がごまかされていることに気づいて下さい。


そして愚かな支配者たちはこの矛盾が一気に露呈してゲームが終了することを恐れ、椅子を戻すのではなく人を減らすことでゲームを続行させることしか考えられないのです。コロナワクチンなど様々な人口削減施策はそのためにあるものです。彼らはRPGの設定上創造主からそういう役割をやらせられているのですから仕方のないことなのですが、とても愚かなことです。しかし本当に愚かなのは、彼らの言いなりになってその陰謀にも気づかず、気づいていても文句を言うだけでレジスタンスを最初から諦め、残されたわずかな椅子を醜く奪い合って彼らのゲーム存続に貢献しているNPCたちです。

支配者たちはもし僕らがみんな同じ人間であること(ワンネス)に目覚めたら罪悪感に耐えられなくなりますし、罪を暴かれたらみんなから絶対に許されないだろうと確信しているので、自分たちではこの流れを止められないのです。「もし家畜動物たちが高い知性を手に入れて真実に気づき、勇気を持って我々に反乱を起こしたら」と考えれば、彼らの恐怖がイメージできるでしょう。だから支配者たちは大衆を常に無知で臆病にしておかなければならないのです。

そして彼らは罪悪感に耐え切れず死後の裁きを恐れているからこそ、悪魔を崇拝し悪魔に心を売ったことにして、同じグローバリスト同士で悪魔崇拝を流行らせて仲間意識を高めて協力し合っているのです。グローバリストというのはあまり表に出ないだけで、世の現実主義者たち(皮肉)にはとても信じがたいほどオカルティックなのです。そして彼らは世界中の人々のエゴを刺激してマネーゲームに陥れ、富を醜く争わせている間にお金をかき集めながら「お前たちも結局エゴのために他人を犠牲にしているのだから我々と同じじゃないか」ということで罪悪感を払拭し、あらゆる手段を通じてみんなのワンネスへの目覚めを全力で阻止しているのです。


しかしその彼らの意思は幻であり、悪魔がそのシナリオ通りに自分たちを崇拝させるように導いているのです。そしてそれも実際、創造主のシナリオ通りなのです。数十年で死ぬような人間・個性があって分離意識が強く言葉でしかコミュニケーションを取れないような人間に、こんなにうまく世界中を長年支配し続けることなど不可能です。グローバリストたちも悪魔も、みんな創造主の創ったシナリオ上、自分の役割を無自覚かつ忠実に果たしているだけなのです。悪魔が本気で世界を支配する気ならもっと秘密裏にやるでしょう。それなのにこれでもかってぐらい情報を公開して存在をアピールしながら世界征服を目指しているのは、悪魔の正体も悪役を演じている創造主自身であり、本当は主人公に支配を止めて欲しいと願っているからです。


そうでなければジョージア・ガイドストーンなど出現するわけがありません。シナリオを知っている僕からすれば、滑稽過ぎていつも笑ってしまいます。


本当に賢い世界のトップエリートが自分の意思で世界を支配しようとしているのだとしたら、911のようなまるで自分たちの存在を堂々とアピールしているかのような大胆で杜撰極まりない犯行を主謀すると思いますか?彼らは無自覚に集団で悪魔に操られているNPCなのです。

グローバリストたちは生まれた環境が我々と違うだけで普通の人間であり、彼ら自身も悪魔に操られて苦しんでいて、それは主人公による救いの対象なのです。彼らが本当に幸せなら悪魔などに頼って崇拝するわけがありません。メシア(主人公)の使命は、彼らを悪事とその罪悪感から救うことです。

彼らと権力や武力など力で戦おうとしても逆効果であり無駄です。ますます力で押さえつけられ暴力による支配が正当化されて体制が強化されることになるでしょう。この世のすべては自分自身の鏡なのですから、投げかけたものが自分に返ってくるのです。例え彼らの権力をテロなどの力で倒したとしても、また新たな権力支配が生まれるだけで何も解決しません。

「権力」というのは相手に望まないことを強制する力です。その根源は人間みんなの中にフラクタル(相似形)に巣食う「他人を支配したい」という悪魔であり、それは悪魔崇拝者の祭壇だけにいるわけではありません。僕ら一人ひとりみんながお金という権力分譲券を欲しがり奪い合う連鎖によってその悪魔は力を増すのです。誰もお金を欲しがらなくなればお金に力などなくなります。つまり敵はグローバリストたちではなく僕らみんなの中にいる悪魔なのです。僕らのRPGは天使と悪魔の代理戦争であり、とてもスピリチュアルな戦いなのです。だから力によって権力を打ち倒そうとしたりシステムから変えようとするのではなく、みんなが自分の中にあるエゴを乗り越えて無償で助け合い愛し合う(権力によって他人に何かを強制し、支配しようとしない)価値観革命を世界の隅々まで行き渡らせなければならないのです。


エゴ(欲)とは何か?に書いた通り、愛が天使であり、エゴが悪魔なのです。そしてそのエゴの連鎖(利害関係の一致)が正義を装った巨大な悪魔を生んでいるのです。もしみんながイメージするような純粋な悪が存在するならそれはみんなが嫌がるので決して連鎖しません。エゴと愛は磁石の両極のように不可分であり、どちらか一方だけを失くすことはできません。僕ら一人一人が自分のエゴを乗り越えて愛を実践するようになり、それが連鎖することで世界は救われるのです。グローバリストたちから奴隷・家畜扱いされている僕らが、彼らから奪われて残されたわずかな富でも分け合って助け合って幸せに暮らせることを実践して見せ、グローバリストたちの罪を許し、彼らをその悪事と罪悪感から救うことで、僕らがみんな同じ人間であることに目覚めさせなければならないのです。


わかりますか?主人公はみんなに「本当は我々全員が同一の魂(ワンネス)であり、みんなを幸せにしない限り、決して自分も幸せになれない」ということに目覚めさせなければならないのです。我々がみんな尊い神であるということに目覚めさせるということです。そうすれば彼らはその富を等しく分配するに違いありません。それが古事記の「岩戸隠れ」の神話が教えているところであり、堕天使ルシファーは天照の荒魂ってことです。天使(愛)と悪魔(エゴ)は裏表一体であり不可分のものだと知って下さい。


今はまだお金(権力の分譲券)の力は絶大です。その力はみんながお金を欲しがり、嫌な事を我慢してでも・他人から奪ってでも稼ぎたいと考えることにより増していくのです。そしてどれだけ稼いでも我欲も保身も満たされず不満かつ不安で、そうしている間にどんどんお金というシステムを牛耳っている支配者たちの力は高まり、ますます人々がお金に支配されるようになっているのです。悪魔は人を常に不安にさせる(お金に依存させる)ことで世界を支配しているのです。不安にさせる存在が悪魔軍で、安心させる存在が天使軍なのだと覚えておいて下さい。

お金がなければ生きていけない。お金を稼いで楽をしたい・欲望を果たしたい、他人に嫌な事を強制し、他人より優越的な立場にいたい・他人から見下されたくない・老後や病気や事故が不安だ・・・。そのように誰にでもあるエゴ(自己保存本能による不安)を刺激することで彼らは支配力を高めているのであり、僕らがそのエゴを乗り越えて愛に生きるということを世界中に連鎖させていかなければ、世界は救えないようになっているのです。そしてそれが創造主の創りし壮大なる神話のシナリオなのです。キリストの言う通り、人は金と神の両方に仕えることはできないのです。神の加護に心から感謝しそれを信じないで不安になるからこそ金を信じてすがり、金稼ぎに生涯を費やさなくてはならなくなるのでしょう。

みんなが愛を大切にして無償で助け合い、お金がなくても生活・将来の不安がなくなり、過剰にお金を欲しがらなくなれば、お金の価値は相対的にどんどん下がっていき、たくさん持っていても他人に何も強制できないので意味がなくなり、いずれ必要とされなくなるのです。そしてお金は氷河が溶けて水になるかの如くになくなっていき、この狂ったマネーゲームは人類を破滅させずにソフトランディングしていくのです。

真理は他人に強制しなくとも、自らが実践する勇気を見せるだけで、みんなが自発的に従います。ガンジーの非暴力不服従運動が良い例です。人を動かすのに政治や法律や金などの強制力が必要なのは、それが真理ではないからです。僕らは真理(=愛)を日々自ら実践し、ありとあらゆる権力(強制力)への非暴力不服従運動を展開し、権力(強制力)ではなく真理(=愛)が世界を修める真に自由な社会を築かなければならないのです。それはみんなが自発的に真理(=愛)に従う社会、神が治める社会ということです。その実現が人類のマニフェスト・デスティニー(明白なる使命・運命)なのです。


多くの人は信心がないために命を一度限りのものと思い「全ての存在が本当は一つであり、魂は永遠である」と信じず、エゴによって死を恐れるから、悲惨な死に方をした人を見て「この世に救いはない・創造主や神仏などいるわけがない」などと考えるのでしょう。しかし魂は永遠であり死は幻なのです。そしてこの仮想現実世界における死の苦痛も幻であり、臨死体験者たちが例外なく言っているように、本当に死ぬ時っていうのは痛くも苦しくもなくできているのです。

この世界は意地悪や嫌がらせのためではなく愛と成長を経験させるために創られているのです。そしてこの世界は夢と同じであり、悲惨な死に方をしているように感じられる他人はNPCであり、創造主自身でもあるのです。それを見てこの世界に神も仏もないと考えて世界を救おうとしないのではいつまでも主人公になれず、ゲームクリア(覚り・世界平和・地上天国の実現)は有り得ません。

この世界は愛と勇気を試すためのRPGです。能力が低く臆病だからこそ愛と勇気を発揮して戦う姿は尊いのです。最初から能力が高くて何も恐れない人の愛と勇気には価値がありません。不平不満・言い訳ばかりですぐエゴ(我欲と保身)に逃げる臆病なNPCが絞り出す一滴の愛と勇気にこそ価値があるのであり、それがNPCを主人公にするのです。

誰が見てなくても創造主はあなたのすべてを見ています。だから他人に言い訳したり嘘をついたり、他人に評価されることを目指して努力する必要などないのです。誰が主人公(メシア)なのか誰に知られずとも創造主はちゃんと知っていて、必ずそれを讃えてくれます。他者評価より創造主の評価を考えて下さいね。


陰謀論者たちはプロビデンスの目を支配者層が目指す管理社会の象徴のように思っていますが、違います。創造主は悪役も含めて全ての役を自らの分身を使って演じさせながら、主人公であるあなたの成長を常に見守っているということです。行動だけでなく心の中まで全部、一秒も休むことなくです。主人公であるあなたとクリエイターである創造主の関係は一対一であり、世界に何十億人NPCがいようと、あなたはその背中に隠れることはできないのです。

どっちにしても創造主に全部見られているというのに、監視社会になって何が悪いのでしょうか?犯罪や事故が減って色々便利になって良いじゃないですか?自分の心がエゴにまみれていて、自分や他人のエゴを許し愛さず、お互いのエゴを責め合っているから「他人に監視されたくない」という意識が働くのでしょう。「誰かに見られて責められたくない」と隠したくなるのでしょう。もし心が愛に満ちていたら、本心を人に見られるほど愛されますから、どんどん本心を見て欲しくなるはずです。

今の監視社会の問題は、他人のエゴを自分のエゴに利用するために情報が使われるために監視システムが息苦しくなっていることであり、監視社会そのものが問題なのではないのです。監視する目的が愛に変われば、それは治安・医療・社会保障を隈なく行き渡らせるために使われることでしょう。資本主義が終わってお金の要らないワンネス社会が実現されれば、わざわざ人々のプライベート情報を膨大に集めて分析して自己利益につなげようとする愚者はいなくなります。

このRPG世界はみんながワンネスに目覚める連鎖が世界の隅々まで行き渡り、みんなが無償で助け合う世界が実現し、みんなが救われるというフィナーレに向かっているのです。今の社会は、その大逆転劇前の(エゴ・分離意識による)最後の苦難を経験しているのです。その苦難故に創造主を恨まないで下さい。記憶を消されているだけで、本当はこのシナリオを描いたのはあなた自身(=我々の集合意識=創造主)です。

支配者層がエゴの為に目指していた世界政府が、価値観革命によりみんなを救う為の政府に変わるのです。我々はみんなそういう創造主の創りし壮大な神話の中を生きていて、そのワンネスに目覚める連鎖反応を自分に与えられた才能でもって自分から起こしていくことが主人公である自分の使命なのです。

ただ決して世界救済を焦る必要はありませんからね。この人生というRPGはあくまでも僕らを楽しませるために創られているものであって、焦れば楽しみが目減りしてしまいます。それでは周囲から浮いて人間関係がうまくいかなくなるでしょうしね(愛を経験するためには常識的感覚も大事です)。創造主は僕らにできないことは期待していません。僕らには常にギリギリ乗り越えられる課題しか与えられないのです。

そして世界救済というのは、今生で完全に達成できなければ意味がないというものではありません。本当に完全に達成されてしまえばゲームが成立しなくなってしまいます。かといってクリアをハナから諦めてNPC人生を送っていては魂が成長せず、いつまでたっても幸せにはなれないでしょう。目指すべきはあくまでも自分の認識世界の全員(出会った人・心の住民)を救えるようになることです。価値があるのは、世界救済という揺るぎないベクトルで僕らが生きる中で生じる物語であり、経験なのであり、今生でクリアを達成できるかどうかは重要ではありません。一人一宇宙で、人=世界なのですから、人生を通じて目の前の人をたった一人でも救えるようになって下さい。それは必ず連鎖していつか本当にみんなが救われるのですから。それを信じて自分にできることをすることが真の信心なのです。

大分長くなりましたが、ご質問の回答、ご納得いただけましたでしょうか?与えられたゲームの設定・シナリオ(フィナーレ前の苦難)に文句を言わず、認識できるすべては自分の魂の成長にベストだから与えられているものなのだと信じ、全ての存在に感謝して、目の前の人から救って幸せにしてそれを世界に連鎖させて下さい。この世界はすべてが主人公(メシア)である自分次第に作られているのです。


最後に創造主の思いをあなたに伝えるべく、ゾロアスター教三大呪の一つ「イェンゲー・ハーターム」を贈ります。世界を救う物語の主人公(メシア)であることにきっと目覚めて下さることを願いながら。


ýenghê hâtãm âat ýesne
イェンゲェー ハーターム  アーァテ イェスネー
paitî vanghô mazdå ahurô vaêthâ
パイティ ワングホー  マズダー アフロー ウェイター
ashât hacâ ýånghãmcâ
アシャート ハチャー  ヤォングハムチャー
tãscâ tåoscâ ýazamaide.
タスチャー タオスチャー イェザメイデーイ

この世に存在する者たちの中で、
誰が主の遣い(主人公・メシア)として最も優れた者であるか、
主に与えられた悟りによりアフラ・マズダー(善神)は知り給う。
神の遣い(主人公・メシア)として目覚めた男や女を
我々は拝み祀るのである。

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